エジソンを超えた!?ケニアで手洗いマシーン作ってきました。

【ケニアの孤児院の子どもの夢:健康に日々を楽しむ!】

前回までのあらすじ

こんにちは。ケニアにいます。

このやろうとか思っちゃう俺何様?

俺に出来ることは何か?

 

手洗ってねえ→手洗おうぜ→洗った→次の日には洗ってない

この孤児院の子どもはよく体調を崩すそうです。病院に行くためのお金を数少ない寄付から賄っています。(行けないことも)

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原因は明らかです。

孤児院が清潔ではない。

 

じゃ何故清潔ではないか?誰も教えていないからです。
当たり前だけど、誰からか教わらないと分かりません。

この孤児院誰が料理を作っているのでしょう?

誰が食材を買っているのでしょう?

誰が掃除をしているのでしょう?

 

誰もいません。子供たち自身です。

彼らは家族です。誰にも頼らず生きようとしています。

そんな中彼らはこの日本から来た部外者を兄弟として受けいれてくれました。

受け入れたというより、色々教育したりせずただ兄弟として受け入れられるように、同じ目線で過ごしていました。

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お昼がオレンジひとかけらだった時も、パン一枚だった時も、誰も文句を言いません。俺も文句を言いません。

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そんな中、兄として出来ることはたった一つでした。

清潔に保て。これだけでした。

これまでは週一回やっていたかやっていないかの掃除も二日に一回はやるようになりました。みんな掃除楽しんでいます。俺も楽しかった。

 

食器もきれいに並べるように。

 

そして手を洗うこと。

これは難しかった。

全然手を洗わない。

 

洗わないではなく、洗えない。俺も洗えない。

洗う環境がないのが原因でした。

 

ないなら作るしかねえええええ。

まずはパソコンで「手洗い器 作り方」なんかで調べます。

ケニアのシムカードいれた、性能の悪いネパールで買ったスマホで。

通信速度はすさまじく遅いです。日本語と英語で検索します。

でも検索結果に出てきません。

正直なんもできない自分がいました。まともになんか作ったことなんてありません。

 

最初からなにかを生み出したことなんてないっすよ。

理系でも実験は教科書通りというか、セオリー通りのことしかやってない。

実験器具を作って下さいなんて授業ないっす。

 

ぶっちゃけ諦めてました。別に手洗わなくてもよくねww

そんな風に思いながら街歩いてたら気づいたんです。

あっ、この店こんな物売っているのか。

この店ではこんなマニアックなものも。

なんでこんな田舎のこの店に誰も買わないようなネジ売っているんだよ。

 

とかとか。

そんな中いきなり思いつきました。

このバケツに穴開けて蛇口つけたらいけんじゃね?

 

思いついたら、行動しないと気が済まない性格です。

発展している街までマタトゥー(乗り合いバス)を何個か乗り継いで、30分以上かけて向かいます。

あとは片っ端から店に行って、

「こんな感じの手洗いの設備作りたいんだけど」って言いながら、いろんな店まわります。

 

多分20ぐらいまわったかな。

基本的にあんまりいいのありませんでした。あってもムズング(白人のこと)とか言われて、ありえない金額要求してきます。

だっりいいい。

もうこの店最後にして、高い金額でもいいから作っちゃうか。

最後のお店は、目つきが悪いおっちゃんがやっている店。

交渉すると、まさかの現地人価格!

そして通りかかりの青年が作るのを手伝ってくれました。

 

 

おおおーーー。

 

 

 

完成です。

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そして、手洗ってほしかったので手洗いのイラスト貼り付けました。 防水対策でテープ貼りまくっています。

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そしてなんでか知らないですけど、子供たちは使い方も教えずに、自分たちで手を洗い始めました。なんでだろ。手を洗おうって言いまくってたからかな。

 

なかなかいい感じです。いや、かなりいい感じ。

 

 

手洗いマシーンが子供たちにびしっとはまっていました。自分たちで勝手に水くみからちゃんと機能しています。

 

次の日には

子どもたちが、台みたいなの拾ってきて手洗いマシーンが進化していました。

 

そして皿洗いも、自分たちで利用方法を勝手に生み出していました。

 

これ本当に不思議なことにこれを作ってから何も言ってないのに、自分たちで手を洗って、利用方法を考えているんですよね。

この後も毎回手を洗っていました。

 

そしてこの装置を作った次の日ぐらいに気付いたんです。

なんか子供たち俺とそこまで遊ばなくなったな。というかもう俺に完全になれてしまったな。

もう完全に俺はこの家族の一員になり始めているのか。

 

気づきました。これが俺の引き際か。ボランティアの限界か。

もうこれ以上なにか出来る気がしませんでした。そしてやっぱり生まれた環境が全く違い兄弟には残念ながらなれません。それはお互い気づいていました。

 

なんかめちゃくちゃすっきりした気分になったんです。よく分からないけど。

ワンピースでその土地のボスみたいなの倒したらそんなに長く滞在せず次のとこ進むじゃないですか。そんな感じです。

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 引用:https://blog-imgs-37.fc2.com/m/a/k/makazuki/mugiwara_no_itimi_NAKAMA_no_SIRUSI_.jpg

 

あ、次んとこ行かなきゃ。

そう思った日には孤児院のスタッフは来ておらず、次の日会った時に、

「俺行きます」

とだけ言って孤児院を去りました。

自分のボランティアの限界までいけました。でも限界を知ってしまいました。

よくある最後に子供とハイチーズとか、大々的なお別れの言葉とか言っていません。

 

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でも、なんかめちゃくちゃすっきりしています。

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 引用:https://mangadget.net/img/comic_image/3549/ca5b114b45a0ab1abc863b13b038d0bf.jpg

いざ、次の土地へ。

実はめちゃくちゃ大変でした。まじで。でも子どもたちは手洗いを始めました。

孤児院の子どもは常時いた人数は15人なので
ケニアで15人の夢を叶えました。現在87/100人の夢を叶えました。

あと13人です!!これからも応援よろしくお願いします!!!

——

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